跳べ! 真里!!(2)

「ジキルさん、アリサちゃん遅いですね」
床に膝をついて物を片付けながら、雅香が丁寧に尋ねた。
ジキルは時計を見ると、首を傾げた。
「さっき、学校終わったて電話あってんけどなぁ」
「あたしたちが来てるって、知らないんじゃないの?」
真里が心配そうに言った。ジキルは思い出したようにパンと手を叩いた。
「あー、そう言えば伝えてへんわ。悪い悪い」
「もーっ! ボケ店長!」
真里はイーッと歯を剥くと、扉を開けて外へ出て行った。店の外で待っていたマネージャーと、何やら話している。
「すまんすまん。今、電話するわ」
ジキルはレジカウンターに向かい、置いてあった携帯電話を取ろうとした。
その時、横からその腕をむんずと掴まれた。
「ひ」
「その前に話がある。このサギ武器屋」
電灯の光が遮られ、小さなジキルの体は完全に影に隠れてしまった。
巨大な塔のようにそびえ立つそれは、ジキル的には認めたくなかったが人間だった。
長い前髪の隙間から覗く瞳が、明らかにジキルを睨み付けている。
「な、何の話や?」
ジキルは上を見上げた。見下ろしてくる冷たい視線とぶつかり合う。
「貴様から買ったスタン・グレネードのことだっ!」
少女たちには聞こえないように声を潜め、神田槍介はカウンターに筒状の物をドンと置いた。
彼は『メルティピンク』の専属ボディガードである。
先日、メンバーの誘拐騒ぎがあった時、この商品を使おうとしたら不発だったのだ。結果的には何事もなかったからよかったようなものの、槍介は怒髪天をついていた。
突き返された商品を手に取り、しばらく観察した上で、ジキルはぽつりと言った。
「あ。使用済みや、これ。中身、空」
「そんなことはわかってる。今度こんなもん売り付けやがったら、ただじゃおかねえぞ」
「すまん。許して」
あっけらかんとジキルは言って、甘えるように槍介の顔を見つめた。緑色の瞳に三つほど星がきらめき、瞬きの数が十倍に増えている。少女漫画の巻頭カラーという感じだ。
「まったく。こんな失敗、普通は許されないだろ。武器商人」
「他ではもっとうまくやるがな。億単位の金が動く時とかはなぁー♪」
「うっ」
「何度も料金踏み倒しが続いたら、不良品つかませたくもなるわなぁー」
「そ、その話は今度だ。とにかく、お嬢ちゃんたちの護衛があるから、今日は帰る。しかし買った分の武器の点検、してもらうからな」
小声で槍介がそう言った時、ジキルの携帯電話がメロディーを奏でた。
「あっ! 『日向夏樹ふぃーちゃりんぐカッツェ』の曲だ!」
みそのが素早く反応した。
「ジキルさん、ファンなんだもんね。再結成ライブ、させちゃったぐらいだし」
雅香がクスクスと笑う。
「ライブ、わたしたちも参加したわー。楽しかったわねー」
紗菜はデビュー前を懐かしんでいる。
その時、店の扉が開いて、真里がぴょこんと顔を出した。
「ねえみんな! 今電話したら、アリサ、そこの公園にいるって。行こうよ!」
「えっ、ホント?」
「行きましょうー。みそのちゃん、雅香ちゃん」
「でもまだお片付けが……」
「そんなもん放っとけ。さあ行くぞ」
槍介は三人の少女を連れて、真里とマネージャーと合流し、店を出て行った。
店内に背を向けていたジキルは、電話を切ると振り向いた。
「なあ。そこの公園に……あら?」
店内は静まり返っていた。壁に掛かっていたシールズジャケットが、ハンガーからズルッと落ちた。
「み、みんなー! 置いてかんといてー!」
泥棒が物色したかのようにゴタゴタになった店内をそのままに、ジキルはさっさと店を閉めて、エレベーターに飛び乗った。
『じきる堂』は、店主の気分だけで営業しているミリタリーショップなのであった。
もっとも店に置けるような物の中には、大した商品はない。
この店の目玉商品は、店に置けない物である。手榴弾から重機関銃まで。
そして、戦車から駆逐艦まで。

    *

夕焼けが、公園を照らしている。
オレンジの光の中で、金色の髪が風になびいた。
「ふんんっ!」
一瞬、宙に浮いたその体は、すぐにドサッと砂場に落ちた。黒いベルベットのワンピースが砂まみれになる。
「痛ぁーい」
お尻をパタパタと叩きながら、少女は立ち上がった。
黄金の髪。青い瞳。透き通るように白い肌。ドレスのようなワンピース。まるで高価なフランス人形のような姿。
彼女の名は鈴木アリサ。8歳の小学三年生である。
小学生アイドルの四人が『じきる堂』を訪れる理由は、彼女がいるからであった。
アリサと『メルティピンク』は、大の仲良しなのである。
 

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