跳べ! 真里!!(3)

靴の先で掘った線が地面に引いてある。砂場から数メートル離れたところだ。
「アリサちゃん、どいてー。跳ぶから!」
そこに立った真里は足首を回しながら、砂場のアリサに言った。
「うん」
アリサはちょこちょこと砂場から出た。
真里は深呼吸をすると、ダッシュした。
軽やかに土の上を走り、砂場に向かってジャンプする。
「はっ」
アリサの尻餅の跡地を遥かに飛び越え、真里は砂の中に着地した。姿勢がまったく乱れていない。まるで体操選手のようだった。
アリサ、そしてみそのと雅香と紗菜は拍手で真里を讃えた。
「真里ちゃん、すごいすごい。どうして、そんなに跳べるの?」
アリサは尊敬の眼差しで真里を見上げた。
「コツを掴めば簡単だよ。一緒に頑張ろう」
真里はアリサの手を握り、線を引いた場所へ連れて行った。
槍介は煙草を口にくわえ、その様子を眺めていた。
アイドルグループの護衛をするようになって、それなりの日数が経過していた。そろそろ報酬が振り込まれる頃だろう。
四人の活発な少女のお守は、ある意味、政府要人の警護より大変だった。
彼女たちはみな、槍介に懐いていた。前回の事件で「ワケアリの塊」であることがわかった雅香も、表面上は他の少女たちと同じように接していた。
(まさか、こんなところで冴島家の人間と会うことになろうとはな)
槍介はチラリと雅香を見て、煙を吐き出した。
目の前をアリサがトテトテと横切り、砂場に跳ぶ。黒いスカートは、砂で汚れて真っ白になっていた。
アリサは、ジキルと一つ屋根の下に暮らす少女である。
29歳のジキルの隠し子であるわけではない。血の繋がりは一切ない。ただ、養子縁組の手続きはしている、戸籍上の親子である。
この謎めいた存在の少女もまた、雅香と同じ「ワケアリの塊」なのであるが……それはまた、別の物語である。
「やっぱりダメだぁ。ぜんぜん跳べないよぅ」
アリサがべそをかいた。慌ててみそのが慰める。
「そんなことないよ! さっきよりも距離のびてたよ」
「だって、真里ちゃんみたいに跳べないモン」
「真里ちゃんは特別よ。私たち、誰も適わないもの」
雅香がアリサの砂を払ってやりながら言う。
「んむむぅ! アリサももっと跳べるようになるー!」
アリサは拳を握って天を仰いだ。大げさなところはジキルと同じである。
その横を、風のように真里が走り抜けた。砂場に鮮やかな着地を見せる。何度跳んでも美しいフォームである。
その時、公園の入り口から、
「アリサー!」
と、声がした。アリサは振り向き、満面に笑みをたたえる。
「じきるー!」
アリサはジキルに駆け寄り、抱きついた。
「ただいま、ジキル。あのね、きょうの給食はね」
「学校の話は、あとでお風呂でしよーな。あっちで服、着替えよ。スカートじゃうまく跳べへんやろ?」
ワンピースを砂だらけにしたことを叱りもせず、ジキルは紙袋から服を取り出した。
「あのね、真里ちゃんがスゴいんだよ。おりんぴっくみたいなの」
「ほー、そうか。ワシも見せてもらお」
砂場では、真里とみそのが交代で跳んでいる。
雅香と紗菜は見学である。服を汚すことができないのだ。それには理由があった。
「雅香ちゃん、紗菜ちゃん。時間よ」
マネージャーの山川直子が声を掛けた。二人にはまだ、ユニット『MasakaSana』としての仕事が残っているのである。
みそのと真里、そしてタンクトップとスパッツに着替えたアリサが、二人に駆け寄った。
「じゃあねー、アリサちゃん。練習、がんばってねー」
紗菜はにっこりと笑って、アリサの両手を握った。
「体育のテストの結果、私たちにも教えてね」
雅香がアリサの肩を軽く叩いた。
「うん! みんなにメールするよ! おうえんしててね!」
アリサは手を振って、雅香と紗菜を見送った。
「それじゃあ神田さん。二人をよろしくお願いします」
直子は槍介に会釈した。槍介は片手を上げてうなずいた。
「また明日ねー! 雅香ちゃん、紗菜ちゃん!」
「みそのちゃん、後で電話するね」
雅香は車の中から手を振る。
「バイナラー!」
「真里ちゃーん、それは斉藤清六よー」
紗菜が地味なツッコミを入れた時、車が動き出した。
真里たちは、車が見えなくなるまで手を振っていた。
「ほな、走り幅跳びの続き。みんな跳んで跳んで!」
ジキルは砂場の正面の特等席に寝そべった。
アリサはスパッツ。みそのはショートパンツである。中を覗かれる心配はない。
唯一、ミニスカートの真里は……。
「じゃあ行くわよー! はっ!」
お構い無しだった。
「はああああ〜、サクランボ模様や〜〜〜」
ジキルの鼻の穴からツツッと鼻血が垂れた。
その後も時間の許す限り、真里たちはアリサの練習に付き合った。
だいぶアリサのフォームがましになってきた頃、槍介がジキルに声を掛ける。
「おい、もう暗いぞ」
「そやな。そろそろ帰るか」
「子供がこれだけ頑張ってるんだから、何か褒美でも考えてやれ」
「クラス平均越えたらデパート連れてく約束や。ま、越えんでも連れてくけど」
「それが正解だ」
大人二人が話し合う横で、少女たちは何度も何度も跳び続けた。
 

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