跳べ! 真里!!(6)

ジキルは再び携帯電話を取り出し、ボタンをプッシュした。
「アリサ! アリサ、今、どこにおる?」
『じきる……まだワンちゃんのとこにいるよぅ』
受話器の向こうで、アリサはべそをかいていた。すでに火災の状況は把握しているらしい。
「避難してへんのか。まだ屋上におるんやな?」
『だって……ジキルがそこにおれって言ったから、アリサ……』
「ああ、……けど、アリサ。そばに大人の人おらんか? おったら……」
『だれもいないよ…。さっき、エレベーターでみんな下りちゃったもん』
「そうか……わかった。ワシが迎えに行ったる」
『ジキル、はやく来て! 一人でこころぼそいよ…』
泣き出したアリサをジキルは宥めると、一旦電話を切った。本当はこのままずっと通話中にしていたかったが、片手で真里の手を握っているため、携帯を持つと両手が塞がってしまう。
ジキルは真里を連れ、大急ぎですべてのエスカレーターや階段を回った。
しかしいずれも煙で上が見えないか、防犯シャッターが閉まっているか、どちらかだった。
ジキルはチッと舌打ちした。自分一人ならば、炎の横でもすり抜けられる。しかし真里がいる状態で、しかもアリサを救出して、二人を連れて再び八階を通過するのは不可能だった。
「こうしててもしゃーない。一旦、下へ下りよ」
「下りてどうするの? アリサを助けなくちゃ!」
「行けても、帰って来られへん。ここを通るのは無理なんや」
「そんなぁ!」
真里は両手でジキルの腕を掴み、揺さぶった。
「あたしに何かできないっ? 何でもするよ! 言い付けてよ!」
「足手まといになるな。そんだけや」
「うう……」
真里は、自分の無力さを強く感じ、下唇を噛んだ。
そんな彼女の手をジキルは引き、階段を駆け下り始めた。
「店長っ!」
「一度、外へ出る。で、ワシは隣のビルに上る!」
「隣のビル?」
真里はハッと気がついた。
さっき子供服売場で、子供のための遊び場へ続く扉があった。あれは確か、外に通じていた。きっと、テラスか何かなのだろう。
「あそこから……」
「真里、ボーッとすんな。急ぐで」
「店長、一緒に来て! 近道かもしれない!」
「近道て……」
真里はジキルの手を振りほどき、一人で子供服売場へ走って行った。
「こらっ、真里! どこ行くねん!」
慌てて真里の後を追う。足には自信のあるジキルだったが、真里には追いつけなかった。
(何ちゅう速さや、あいつ……!)
真里は、さっき買い物をしたばかりのフロアへ走り込み、テラスへ続く扉を捜した。
「あった!」
ガラス戸を通して青空が見えた。真里はその取っ手に飛びつき、ガラガラと扉を開いた。
そこは、僅かな空間の遊び場だった。人工芝が敷きつめられ、自動販売機とベンチだけが設置されている。
そして、その柵の目の前に、隣のビルの非常階段があった。
真里に続いてテラスに飛び込んだジキルは、真里の行動の意味を理解した。そして、
「真里、二分だけここで待っとれ。勝手に向こうに渡るなよ。ええか!」
と言うと、売場へとUターンした。
真里はテラスから上を見上げた。白い煙が窓から空へ立ち上っている。
(屋上が、もし煙だらけだったら……! アリサ、煙を吸っちゃうよ!)
そう思うと、居ても立ってもいられなくなる。
真里はジキルとの約束を破り、柵によじ昇った。
非常階段までの距離は、50センチほどだった。体を伸ばせば届く程度である。
ここが地上六階であるという事実を頭から振り払い、真里は柵から隣へ飛び移った。
「はっ!」
非常階段の踊り場に着地する。ホッと胸を撫でおろして、そのまま階段を駆け上ろうとしたその時、真里は大声で呼び止められた。
「こらーっ! アホボケカスッ! 動くな言うたやろっ!」
グルグル巻きのザイルを肩から下げたジキルが、真里を怒鳴り付けた。
真里は肩をすくめて、ジキルを見つめた。
ジキルはその場からダッシュして、勢いよく柵に飛び乗ったかと思うと、次の瞬間には真里の隣に着地した。
そして、真里の尻を平手で一回叩いた。
「痛ぁーい!」
「アホ! 言うてもわからんやつは鉄拳や。今度言い付け守らんかったら、パンツ脱がして直にペンペンやで!」
「ふえ〜、ごめんなさぁーい」
「けど、よう跳べたな。偉いで、真里」
「う……うん!」
「その勇気。多分もう一度……必要なるで」
「えっ?」
「ほら、行くど!」
「は、はいっ!」
真里とジキルは、ビルの非常階段を駆け上った。
 

跳べ! 真里!!-7へ続くこのページの冒頭へ戻る小説のTOPへ戻る