メルティピンク颯爽登場(10)

みそのは目を剥いて悲鳴を上げた。
「キャーッ!」
子供でもそれが何であるかは理解できた。遊園地や縁日の出店で、似たような形状の銃を見たことがある。
男は猟銃を槍介に向けた。目の焦点が合っていない。腕は震え、歯がガチガチと音を立てていた。
「やめとけ。それは大人の持つもんだ」
「み…みそのちゃんは天使だって、ネットに書いてあったんだ。天使は誰にでも分け隔てなく優しいんだっ!」
「お前、妄想もほどほどにしろ。こいつは怒ると恐いぞ。何たってリーダーだからな」
「うるさいっ! お前は何様だ! みそのちゃんを侮辱するなっ!」
「侮辱してんのは、そっちの……」
刹那、バンッ! と音がした。同時に、槍介の巨体は、窓ガラスに叩き付けられた。
「おじさんっ!」
みそのが叫んだ。
ガラスが粉々に砕け、床に落ちて散らばった。
槍介の胸に穴が空き、一筋の白い煙が上がっていた。
「いやああああっ! おじさんッ!!」
みそのは半狂乱になって、首を左右に振った。が、しかし……。
突如、槍介はむっくりと起き上がった。
彼の背中で押さえ付けられていたガラスの破片が、更にバラバラと床に落ちた。
「痛ってェ〜」
槍介は、ベストの穴の開いた箇所を手で押さえた。
慌てたのは男だった。パニックになって、その場に尻餅を付く。
「な、ななな、なななな何でだ? 何で死なないんだ?」
「お前なあ。人にそういうもん向ける時は、それなりの覚悟、できてんだろうな?」
「ひっ! ひいいっ! よ、寄るなぁっ!」
「自分が向けられても、文句は言えねえよな?」
そう言うと、槍介は右脇のポケットから巨大なピストルを取り出した。
「このピストルには.45口径の弾が十二発装填されてる。.45口径で撃たれたら、入り口は1センチ強だが出口は10センチだ。俺は今、お前の眉間に狙いをつけてる。お前の後頭部は壁に飛び散るぜ」
槍介は、ヘッケラー&コッホ・MK23自動拳銃の射線を男の額に向けながら、じりじりと歩み寄った。
「よ、寄るなあぁぁっ!」
男は目をつぶりながら、もう一発撃った。
至近距離から放たれた弾丸は、またも探偵のボディに命中した。
しかし槍介は、ちょっと反動で後ろによろけただけで、倒れはしなかった。
「ば、化け物!」
「お前も二発、撃たれてみるか?」
「あ…あわわわわ……」
「大人しく、自分で警察に電話しな」
男の体は、槍介の巨体の影にすっぽりと隠れた。
大声で喚き散らす男が持っているショットガンの銃身を、槍介はひょいと掴んで持ち上げた。
それでも銃を離さない男の両腕は、上に吊り上げられる形となった。
がら空きになった顎にパンチが飛ぶ。
男の体は廊下まで吹っ飛ばされた。そして、壁に頭をぶつけ、ようやく静かになった。
「おじさん!」
固唾を飲んで場を見守っていたみそのが、我慢できないように叫んだ。
探偵はロープで男を縛り上げると、そのまま廊下に置き去りにして、みそののいる部屋の中に戻って来た。
みそのの手足を拘束していたロープをほどく。
「おじさんっ!」
自由になったみそのは、槍介の胸に飛び込んだ。背中に両腕を回し、厚い胸板に顔を埋めた。
「お前、さっきからおじさん、しか言ってないだろ」
「おじさん、大丈夫なの? 怪我したんじゃないの?」
「ああ、あれか」
槍介は、ポケットのたくさんついた黒いベストを指差して、
「ボディアーマー。お嬢ちゃんには、防弾チョッキって言った方がわかりやすいかな?」
と、言って笑った。
「……もうっ! 死んじゃったかと思ったんだよっ!」
「まあ、撃たれりゃ痛いけどな。俺だって」
「ねえ、そんなことより雅香ちゃんは? あそこにいたの? 無事だったの? ねえ、ねえっ?」
「お前は……ちょっとは自分の心配もしろよ。ついででいいから、もっと俺の心配もしてくれたら嬉しいんだが」
「だって……」
みそのは槍介の胸から離れた。そして、
「あたしもおじさんも、生きてるじゃん!」
そう言うと、白い歯を見せてニッと笑った。眩しい笑顔だった。
槍介も釣られて笑った。
(まったく…。このリーダーは、0.5秒で周りの空気を変えちまうんだからなあ)
槍介はボディアーマーのポケットから潰れた煙草のパッケージを取り出し、一本抜いて口にくわえた。
優しいだけの天使などいない。もしもこの世に本当に天使がいるとしたら、それは強さを兼ね備えた、とびっきりの笑顔をしている天使だろう。
そんなことを思いながら、深く煙を吸い込んだ。
槍介は飯田プロダクションに連絡を取り、警察への通報に関しては任せることにした。
 

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