メルティピンク颯爽登場(5)

「雅香ちゃん、メールのことで悩んでたみたいだからなぁ」
みそのがぽつりと言った。
「メール? 何だそれ」
「雅香ちゃんに、変な暗号みたいなメールが届いてたんだよ。……あーっ!」
みそのは大声を張り上げた。
「そうだ。もしかしたら、みそのに来た脅迫状と何か関係があるんじゃないかって、思って、わたし……」
寝入りばなに思い付いたことだったので、今まで忘れていたのだ。メールのことは、槍介はおろか、直子にも報告していない。
槍介は、とっさにみそのを片腕で抱き上げた。
「きゃーっ! 何すんのよう」
「お前だけここに置いてくわけにはいかないだろ」
槍介はスタジオ周辺を走った。どこにも雅香はいない。
みそのが転んで、再度エレベーターが上って来て一階に下りるまでの時間は僅か数分。
雅香がその数分を待てない子ではないとしたら、考えられることは一つ。
相手は最初から、雅香が目的だった。
みそのを狙うと脅迫状を出し、標的から目をそらしたのだ。
しかしそうなると、雅香の携帯に入ったメールの意味は?
とっさには思い付かなかった。
その時、みそののバッグで携帯電話の着信メロディが鳴った。『メルティピンク』の曲だ。
「下ろして、おじさん」
スタジオの裏手で、槍介はみそのをアスファルトに下ろした。
「はいっ、もしもし?」
急いでバッグを開け、電話に出るみその。
次の瞬間、聞こえて来た怪しい声に、みそのは驚いて携帯を槍介に手渡した。
『おい。おい、聞こえてるのか? この雅香とかいうガキの誕生日を教えろ』
(誕生日?)
若い男の声だ。槍介は黙ったまま、相手の出方を伺った。
『おかしいなあ。おい、こいつは本当にリーダーの電話番号なんだろうな?』
『嘘つくと、ためにならんぞゴルァ』
槍介は、慌てて受話器に向かい、
「はい。こちら、みそのの携帯ですっ」
と、裏声でマネージャーの山川直子の声色を真似た。
『何だ、てめえマネージャーか? てめえでもいい。この雅香とかいうガキの誕生日を教えるんだ』
「雅香ちゃんの誕生日が、どうかしたんでございますかしら?」
『このガキ、暗証番号を入れないとメールが読めないようにしてやがっ……』
『おいこら、そんなことは言わなくていいっ!』
『あー、その、何だ、とにかく誕生日を言え』
「雅香ちゃんは、2月31日生まれですわ」
槍介は口から出任せを言った。
すぐに電話は切れた。
「どうしたの? ねえ、雅香ちゃんがどうしたの?」
泣きそうな顔のみそのが、槍介の胸を両手で叩く。
着信履歴を確認した。非通知設定になっている。雅香を連れ去った犯人は、雅香の携帯電話を使ったわけではないようだ。
(しかしなぜ雅香の携帯の、メールを見る必要があるんだ?)
槍介は考えた。
とにかく、まずは準備をする必要があった。
雅香は、誘拐されたのだ。
「GPSで、だいたいの居場所はわかる。すぐに助けられるよ」
涙で顔をくしゃくしゃにしているみそのを励ますように、槍介は優しく言った。
「でも……でも、もし、殺されちゃったりとか……したら……」
「犯人は、雅香本人が目的なんじゃない。メールが目的みたいだ」
「メール……?」
「雅香に届いた暗号メールってのが気になるな」
槍介は、仮説を立ててみた。
何らかのトラブルで、重要なメールが間違って雅香に届いてしまった。
それを取り返すために雅香をさらい、携帯電話を取り上げた。
子供なら、秘密の暗証番号は自分の誕生日にしていると決めてかかっている。
確かに普通の子供ならそうかもしれない。しかし……。
(相手が悪かったな。冴島雅香は、おそらくそんなヘマはしない)
そうなると、雅香の身が危ない。メールを読めない犯人が、逆上して彼女を襲うことも考えられる。
いずれにしても、早急に行動しなければならない。そう思った。
まずは、武装だ。
 

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